鎌倉暮らしやイタリア生活で出会ったあれこれをお届けしているこのコラムですが、昔を振り返って、僕がアパレル業界に足を踏み入れてからイタリアに渡り、帰国して今に至る経緯についても少しずつお話ししていきたいと思います。

題して、「イタリアが僕にくれたもの」。

コラム内シリーズとして不定期にお届けしますので、時代の空気を感じ取っていただけたらうれしいです。
今回はその第6回です。

デザイナーがイタリア駐在員に転身したその訳は？　その３

バブル期と言えど若者は金が無かった。

イタリア行きが決まり、翌月には貿易部へ移動していた。　輸出入のイロハを叩き込まれ、週に2回、飯田橋に住むイタリア人のご婦人からイタリア語を教わっていた。時代はテレグラムからFAXへ移行し始めた1990年である。

バブル期と言えど、大卒の収入などたかが知れていた。Z世代なら節約術などお手のものだろうが、　こちらは時代が許してくれなかった。　「使ってナンボ」の時代である。　西に蕎麦の旨い店があると言えば、１時間のランチタイムに高級蕎麦を食べにタクシーを飛ばし、欲しいと思った服は手当たり次第に買い漁り、平日でも毎日のように残業後飲みにいった。車にも乗っていたし、スキーやゴルフと、金を使う場はいくらでもあり、皆がそうしていた。

借金をしするようなことは無かった。お手軽にカードが作れる丸井も魅力的だったが、なかなかの高利率であり、手が出しにくかった。しかし救世主のように87年くらいから銀行がカードローンを開始した。

「これだ！」

合計５０万円までの借入なら、返済は月々5千円。これなら痛くも痒くもない。
月々の生活費の不足分をこれで補っていた。　月々数万円ずつ補填しているうちにあっという間に限度額５０万円が近づいた。　するとある日銀行から封書で案内が届いた。

「お客様の限度額が変わります。　１００万円までご利用いただけます。」

世の中に神様はいるものだ。　そしらぬ顔で今まで通り借り入れを続けていた。
返済額は月々１万円だ。　まだ大丈夫。

まんまと銀行という名のサラ金の術中にハマり、その安易さに身をほだされている間に、限度額は最高額２００万円に達していた。　２００万円でも月々の返済は月２万円である。どうにかやりくりはできるが、さらなる借金は不可能で、別の門を叩く選択しかなく、慌てていた。

そこで運よくイタリアへの転勤であった。

日本の物価は当時世界一高いと言われ、海外からの旅行者なぞ数えるほどしかいなかった。　円はどの通貨にも強く、ましてその時点でリラを使っていたイタリアの貨幣価値は低かった。
肌感で全てが３割引という感じだ。

当時２８歳。　知り合った同年代のイタリア人はまずレストランに行かなかった。　夜会う時は食後に広場に集まり、ジェラートを食べながらダベり、午前１時前くらいにそれぞれ家に帰る。

そんな感じだった。　そもそもみんなお金が無いのだ。　まあ、実家にパラサイトしているのでマンマの料理に勝るものはなかったりもするのだろう。若者が集まるのはせいぜい安いピザ屋か中華だった。　飲んで食べて2千円くらいで収まった。それでもそんなところに集まって食べるのは、誰かの誕生日の時くらいで、せいぜいひと月に1度程度だった。

酒も日本人のようにバカ飲みする人間はほぼいない。食事と一緒にワインを数杯飲む程度。酔っ払いなど見たことがなかった。（もちろん白人はアルコールに強い人種だが。）
なので、２次会のカラオケもバーホッピングも無く、タクシーにも乗らないので、お金の使いようが無かった。

この辺の話を深掘りすると話がさらに長くなるので、また別の機会にお話しするが、そうやって、駐在員として給料は上がり、住む場所は会社から提供され、物価は安く、周りがお金を使わないことで、みるみる余剰金は貯まって、1年半後には無事元本ともども返済したのであった。

めでたしめでたし。

〜次回へつづく

金は無かったが、髪の毛はあった。